学習者の発話に対する教師のあいづちの正当性
古川智樹
1.
はじめに
春の実習で幸いなことに、自分の授業及び実習生の授業をビデオに記録し、後に検討することができた。授業を客観的に見ると、教師が学習者の発話に対して普段日本語母語話者に対してうっているよりも多くあいづちをうっていることに気づいた。小宮(1986)では「聞き手の相づちは話し手を勇気付け、話し手の発話を促進する」という報告があり、同様のことが堀口(1988)、松田(1988)、水谷(1988)でも述べられている。確かに授業における自分自身を振り返って考えてみても学習者に対して学習者の発話を促進しよう、学習者の発話は合っている、理解しているという表示をしようとしていると考えられる。しかし、メイナード(1993)の「日本語母語話者の相づちは多すぎて、アメリカ人英語母語話者にとっては発話を妨げているように感じる」、水谷(1988:5)では「あいづちを打つ日本人を「話の邪魔をしている」と感じている外国人は少なくない」、「ほとんどの外国人は、相手が話しおわるのを待ってから口を開くのが礼儀だと考えている」と報告しているように、教師のあいづちが必ずしも学習者の発話を促進しているとは限らず、教師側が無意識のうちにいいと思って打っているあいづちは、時に学習者の発話の妨げになることも考えられる。
2.
研究目的
教師のあいづちは本当に学習者の発話を促進しているのかを明らかにする。具体的には
(1) 教師のあいづちはどのような形式のもので、普段日本語母語話者(以下NS)と話すときとどの程度違うものなのか明らかにする。
(2) 学習者(以下NNS)は教師の相づちをどのような意識を持って受け取っているのかを明らかにする。
3.
先行研究
3.1 日本語におけるあいづち
3.1.1 あいづちの機能
あいづちの基本的な機能として、聞き手が話し手に「聞いている」「わかった」ということを伝えるという点では先行研究で一致しているが、その他にどのような機能を認めるかという点では相違が見られる。
堀口(1988)では、「聞いているという信号」「理解しているという信号」「同意の信号」「否定の信号」「感情の表出」の5つの機能を挙げ、松田(1988)はその5つの機能を参考に「聞いている」は「聞いているということを伝える」「話についていっている(追随している)ことを伝える」、「理解しているという信号」は「話し手が伝えた情報の了解を伝える」「話し手の気持ちがよくわかることを伝える」「当初理解できなかったり、思い出さなかったことを、思い出したこと(知識の共有)を伝える」、「同意の信号」は「正しいということを伝える」「共感を伝える」「納得を示す」、「否定の信号」は「曖昧な同意を示す」「否定的な気持ちや疑いを示す」、「感情の表出」は「強い感情の表出」「興味・関心を示す」と細分化したものに、松田(1988:63)では「間をもたせる」という機能を付け加え、「次にどちらかが話し始めるまで、余韻のように続けられるもの」と説明している。
メイナード(1993)では以下の6つの機能をあいづちの機能として認めている。
1.続けてというシグナル 2.内容理解を示す表現
3.話し手の判断を支持する表現 4.相手の意見、考え方に賛成の意思表示をする表現
5.感情を強く出す表現 6.情報の追加、訂正、要求などをする表現
ザトラウスキー(1993)は、あいづちを「注目表示」という発話機能として扱い、次の11種類に分けている。
1.継続の注目表示 5.感情の注目表示 9.終了の注目表示
2.承認の注目表示 6.共感の注目表示 10.同意の注目表示
3.確認の注目表示 7.感想の注目表示 11.自己注目表示
4.興味の注目表示 8.否定の注目表示
以上のあいづちの機能をまとめると同じ機能を指しているものもあり、以下の表1のようにまとめられる。
【 表1 あいづちの機能に関するまとめ 】
|
|
堀口(1988) |
松田(1988) |
メイナード(1993) |
ザトラウスキー(1993) |
|
聞いている |
○ |
○ |
○ (続ける) |
○(継続) |
|
理解している |
○ |
○ |
○(内容理解) |
○(承認、確認) |
|
同意 |
○ |
○ |
○(支持、賛成) |
○(同意、共感) |
|
否定 |
○ |
○ |
× |
○(否定) |
|
感情の表出 |
○ |
○ |
○(感情) |
○(興味、感情、感想) |
|
間を持たせる |
× |
○ |
× |
○(自己注目) |
|
終了 |
× |
× |
× |
○ |
|
自己注目 |
× |
× |
× |
○ |
|
情報追加、訂正、要求 |
× |
× |
○ |
○(確認) |
3.1.2 あいづちの形式
表現形式に関するあいづちの研究では、あいづちを「「はい」「ええ」「うん」のような形のもの」というような記述が見られる。そのほかに「「ん」「ええ」のように聞いていることを表すもの」のような表現形式と機能の両方による記述、「話の進行を助けるために、話の途中に聞き手が入れるもの」のような機能と出現位置と使用者による記述、「話し手が発話権を行使している間に聞き手が送る短い表現」のような出現位置と使用者と表現形式による記述などが見られる。このような現状を踏まえ、堀口(1997:40)は「表現形式による記述にはそれぞれの研究の間で一致しない点が見られ、また、あいづちとするすべての表現形式を網羅するとすっきりした記述になりにくい。」と述べている。
3.1.3 あいづちの頻度
あいづちの頻度に関する研究は、研究者によって時間当たりの回数、音節数に対する割合、あいづち間の発話の長さや時間、総発話数に対するあいづちの比率と様々な尺度を持って計測されている。
水谷(1988)では個人差や相手との関係や場面によって違いがあるが、平均すると1分あたり15〜20回、小宮(1986)ではテレビ番組を対象に対談番組では9.6秒に1回、電話相談では6.1秒に1回、黒埼(1987)では総発話数に占めるあいづち文の割合をあいづちの頻度として計算し、少年12.1%、壮年19.3%、老年20.7%と報告している。非言語行動を含めたものには杉戸(1989)があり、談話行動におけるうなずきを観察し、あいづちの言語に身ぶりを共起・付随させるその程度にはさほど個人差は見られないが、無言の身振りのあいづちには人によってかなり差があると報告している。
以上のようにあいづちの頻度は個人差が大きく、平均を出していても性別、年齢、人間関係、話題、対面か電話会話かなどの要因によって頻度に差異が見られる。また、その大多数は上記の要因の他に、話し手の話すスピード、聞き手の心的状況(話し手の話について不快感を持っていないか、つまらなく思っていないかなど)、話者交替もあまり考慮されていない等、改善すべき点がいくつか挙げられる。
3.1.4 あいづちに対する意識
あいづちに対する意識を研究したものには以下のものが挙げられる。水谷(1988)は日本人同士の会話は「共話」であり、聞き手も会話に積極的に参加して、2人で会話を作り上げるというものと述べており、一方他の国では「共話」ではなく、一方向的で必ずしも聞き手の積極的な参加は必要とされないとしている。メイナード(1993)は「会話の相手に対する意識、ひいては「思いやり」という当事者間の心理的、感情的なふれあいがあいづちが会話に使われる根本的な理由であることは日米共に変わりない」と述べており、日米間におけるあいづちの頻度を調べた結果、日米間で2倍ほどの差が見られた報告している。楊 晶(1997,2000)では、中国語母語話者は言語によるあいづちをあまり必要とせず、視線を相手に向けることによって「聞いている」「理解している」という表示をすると報告しており、あいづちを多く打つということは中国人社会の中では非常に丁寧に話を聞いているという印象を受けるが、何か下心があるか、相手によく思われようとしているという印象を同時に与えることもあり、日常の会話ではあまり使われないと述べている。
4.
研究方法及び研究手順
4.1
対象及び会話データ収集方法
会話データは名古屋大学大学院AET夏季日本語コース受講者及びその実習生の授業中の会話(以下STL場面)と日本語母語話者同士による初対面の会話(以下NS場面)を対象とする。AET夏季日本語コースのデータは実習中における授業を対象にし、学習者が教師に話している場面を採取した。一方、日本語母語話者同士による初対面の会話は筆者が日本語母語話者に直接依頼し、大学内の施設で会話を行ってもらった。対象となる組数、時間は以下に示す通りである。
・STL場面 :
4組 各組60分程度の授業における会話
・NS場面 : 10組 各組30分程度の会話
4.2 あいづちの定義
あいづちの定義は研究者により様々に定義されているが、本稿のあいづちの定義はメイナード(1993)、ザトラウスキー(1993)、堀口(1997)の定義を参考に以下のように定義する。
あいづちとは、会話の聞き手が現在進行中の話を継続させるために、話し手の持つ発話権を取ろうとしないで発する新しい情報提供を伴わない短い表現(非言語行動を含む)で、話し手に聞き手の発話に対する応答を求めないもの。
4.3 分析手順
本稿における分析手順は、Tannen(1992)の「異文化間の誤解を分析するためのモデル(cross-talk model)」を参考に以下のように行った。
1. 実習生全員の授業を対象にして、それぞれの授業を観察する。
2. 授業後にアンケートを行い、学習者の教師に対するあいづちの意識を調べる。
3. 教師のあいづちに対していい印象を持っていないと答えたNNSに個別にフォローアップインタビューをして、なぜそう思ったのか、どこが不快に感じたのかをビデオを見ながら聞く。
4. 教師のあいづちと日本語母語話者のあいづちを比較し、場面による違いを検討する。
5. 解釈の基準が文化的に異なるものなのか確かめるために同じ母語を持つNNSにもフォローアップインタビューをする。
6. 教師のあいづちが不自然ではなかったかどうか、NSにもビデオ資料を見てもらい、判断してもらう。
学習者に対して行ったアンケートは授業後に5分程度使用して行った。質問項目はすべて英語で、内容は教師のあいづちについて直接聞くものではなく、授業で話しているときにどのように感じたか聞くもので、教師のあいづちに関するものの他に、学習者の心理状態、環境、話すあるいは授業の内容の要因も含んでいる。以下がアンケート内容である。

5. 結果と考察
5.1 あいづちの頻度
以下の表2にSTL場面による教師のあいづちとNS場面におけるNSのあいづちの文節平均を示した。文節平均とは合計文節数を総あいづち数で割った値で、つまりいくつの文節に1回あいづちが生じるかを表している。文節を分析に使用した理由は、話すスピード、聞き手に回る時間等が場面によって一定ではなく、STL場面とNS場面に差が出るのが明らかであるため、そういった要因に左右されないあいづちの頻度を測るためである。
【 表2 あいづちの頻度 】

表2を見ると、NS場面とTSL場面には若干ではあるが、差があることがわかる。教師は学習者に対して、発話内容がわかる、日本語があっていると反応を示す必要があると考える。その他にも普段の会話と違い、学習者の誤用を見つける、学習者の発話を教室活動へと広げるためには、発話を流す、単に聞いているだけでは不十分であり、注意して学習者の話を聞く必要があり、これらのことが頻度を更に多くしていると考えられる。
5.2 あいづちの形式
以下の表3にSTL場面、NS場面で現れた教師とNSのあいづちの言語形式を表した。
【 表3 あいづちの言語形式 】

表3を見ると、STL場面で使用されているあいづちの形式数が極端に少ないことがわかる。なぜこれほどの差が現れたかについては、学習者の発話が短いこと、その発話に関して新情報が少ないことが挙げられる。教室内の会話では学習者は特に初級の段階では短い発話で教師に発話権を譲渡してしまう傾向にあり、教師側が学習者の発話後に発話権をすぐに取ってしまう場面が多く見られた。また、教師の質問、問いかけでは教師側が知っている情報をあえて学習者に聞く場合もあり、その場合日本語があっているという表示のみが必要とされるので、「うん」「はい」や頭の縦振りなどの「聞いている表示」だけでよく、表*のような結果になったと考えられる。以下がその例である。
(1) 1 T:Sさん日本へ来てからどこへ行きましたか?
2 S:京都と(うん)富士山と(うん)東京へ行きました
3 T:あーそうですかー 富士山はきれいでしたか?
4 S:はい あっでもとても寒くて大変・・
5 T:そうですよねー みなさんは富士山行ったことありますか?
また、「そう系」「あ系+他の系統」「ん系+他の系統」はSTL場面では学習者発話終了後、教師が発話権を取るときに、発話権取得シグナルのようにして使われていた。(会話例1下線部)このターン開始部のあいづち的な表現はClancy
et al.(1996)、藤原(1993)、村田(2000)、畠(1988)では「ターンの最初の部分に現れる非語彙的な音声表現」とあいづちの機能として認めており、Clancy
et al.(1996)では「resumptive opener(再開的な型)」として扱い、広義のあいづちの1種として考えている。本稿ではあいづちとはその定義から別のものとして扱っているが、教師は学習者の発話を受けてあいづち的な表現をして発話権を取るが、あいづちとしてNS場面に見られるような多様なあいづちの形式は見られなかった。
5.3 日本語学習者による教師のあいづちの評価
学習者に対して行ったアンケートの結果は以下の通りである。
【 表4 アンケート結果(中上級)】 【 表5 アンケート結果(初級後半)】

アンケートの結果では、授業中に学習者自身が話しているとき不快に感じている人はおらず、全員が話しやすかったと答えた。その理由としては、中/上級では教師の問いかけ、内容のおもしろさ、内容の理解度が挙げられているのに対し、初級後半では他にクラスの雰囲気が挙げられていることがわかる。フォローアップインタビューでは教師のあいづちを意識している学習者はおらず、不快に感じたことは今までないという回答が多かった。教師のあいづちに関して、あると話しやすいかどうか聞いたところ、「自分が話していることが合っているという反応だと思い、安心する」という意見があった。また、日本人があいづちを多く打つことについては、本や友人から聞いて知っており、「英語で話しているときに日本人が多くあいづちを打つと違和感があるが、教室の中では気にならない」と報告していた。
アンケート、インタビューの結果とあいづちの頻度、形式の比較から考えると、NS場面よりも多くSTL場面で教師があいづちを使用しているにもかかわらず、学習者は教師のあいづちに関して、それほど違和感を持っていないことがわかった。このことに関して、学習者の意識の優位性が考えられる。教室場面で学習者が発話する場合、多くは教師に向けて言う場合が多い。その場合、学習者が意識するのは普段の会話のストラテジーではなく、自分の発話が合っているか、教師が自分の話を理解できているかであると考える。つまり、自分の発話内容と教師の反応を意識しているため、学習者自身の会話ストラテジーの違いを意識していない、気にしていないと考える。その結果、教師のあいづちは教室場面では学習者に安心感を与えるものであり、逆に不快感を与えるものではないのではないのだろうか。
6.まとめと今後の課題
NS場面とSTL場面でのあいづちの比較で、頻度ではNS場面の日本語母語話者よりもSTL場面の日本語教師の方があいづちが若干多く、形式では日本語母語話者よりも日本語教師の方が少ないことがわかった。日本語学習者による日本語教師のあいづちの意識については、アンケートとフォローアップインタビューでは話しやすいあるいは話しにくい理由としてあいづちは挙げられておらず、学習者はあまり教師のあいづちを意識していないという結果となった。その理由として、発話の際の意識の優位性を取り上げ、教師のあいづちよりも学習者自身の発話の内容、正確さに意識を強く持っているため、教師のあいづち、教師の会話ストラテジーをあまり意識していないのではないかと説明した。
しかし、今回の調査では被験者が少なく、英語母語話者のみであったため、教師のあいづちが学習者に不快感を与えるものかどうかまだその実態はつかめていない。また、アンケートとフォローアップインタビューでは筆者自身も教師であったため、違和感、不快感があったとしても本当のことを言わなかった可能性が考えられる。今後データ数を増やし、教師であるときと日本人と話しているときのあいづちの使用の実態の信頼性を深めることと教師のあいづちについて下位文化を異にする学習者の意識を聞いていくことが望まれる。
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楊 晶 2000 「相づちに関する意識の中日比較−アンケート調査の結果より−」『人間文化論叢』第3巻
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