「多元文化と未来社会」第3回研究会報告概要
トランスレーション言説分析研究

吉村 正和

 1970年代まで翻訳研究は、文学的関心に基づく翻訳論と、言語学的関心に基づく翻訳理論が存在しており、前者は文学翻訳は科学的な分析にはなじまないと主張し、後者は主観的な翻訳研究は恣意的な分析に終わるために学問としては成立しないと主張するなど互いに対立していた。こうした状況のなかで、オランダ、ベルギー、イスラエルの翻訳学者を中心にトランスレーション・スタディーズが登場する。トランスレーションズ・スタディーズは、主観的な意味解釈でも言語学的意味構造の分析でもなく、第3の道を模索する。トランスレーション・スタディーズでは、その関心を起点言語ではなく目標言語に移し、翻訳テクストがその文化において果たす機能の分析を重視することになる。この段階において翻訳研究は、伝統的な言語学/文学を超えて文化研究の一環を成すことになる。翻訳は、従来のように文学(文化)の周縁に位置づけられるのではなく、多元文化のサブシステムとして、規範をめぐる新システムの形成に参加する。この事例のもっとも顕著な例を私たちは、明治文学において果たした翻訳文学の革新的役割を通して知っている。
 1980年代から90年代以降の翻訳研究は、翻訳の文化的機能に関わる視点から規範などの問題を扱うことが多いが、さらに2つの要素が加わる。まず、翻訳の問題はテクストの意味や文化的な機能の探求に関わるのではなく、文学における聖性を開示する手段とみなす翻訳理論が登場する。翻訳は伝達を目的とするのではなく、起点言語/目標言語という単純な配置も廃棄される。意味するものとされるものが最初から結合していると考えるのではなく、両者の結合の直前に生まれる一瞬の沈黙(闇)を通して、文学における聖性を回復しようと試みる一種の神秘思想が復活する。ここにはすべての言語は詩であるという立場が明瞭に意識されており、翻訳研究は世俗的(ブルジョア的)美意識を乗り越えて文学の聖性を回復する手段と位置づけられる。
 もう1つは、トランスレーション・スタディーズにおける規範の問題が暗黙のうちに体制文化の価値観を投影する危険があることをふまえて、文化間の平等関係をより強く意識する翻訳理論である。近代における翻訳は、ヨーロッパの文献をアジア・アフリカなどの地方語に翻訳する作業という性格をもっており、前者を正典としてそれをできるかぎり正確に移し替えることを目指していた。そこには植民地宗主国と植民地との政治的な支配関係が反映しており、翻訳者と翻訳読者のいずれの深層心理にも翻訳を通して正典を受容するという意識が刷り込まれていた。新しい翻訳理論は、この優位文化/劣位文化という図式を廃棄し、平等な文化関係を前提にして登場する。いずれの場合にも翻訳研究は、従来の意味の再現という発想を超えて、未来社会の建設のための知的生産の新しい形式となる可能性を示唆する。

梅谷庄吉を巡る研究

PBハーイ

 梅谷庄吉は、日本映画草創期において、中心的な役割を果たした人物の一人であった。横田商会(明治30年創立)と並んで、日本においてもっとも古い映画製作会社(M.パーテー、明治32年創立)の創立者でもあった梅屋は、日活映画会社(明治45年)の創立にも深く関わった。しかし、横田栄之助や牧野省三などのほかの日本映画の先駆者に比べて、梅屋はほとんど研究の対象になったことがない。
 最近、私はあるコレクターのアーカイブで、梅屋の明治28年から大正3年までの日記や「自叙伝」を発見して、その複写を手に入れることができた。この日記と「自叙伝」は、まだ青年であった梅屋の中国で過ごした「大陸浪人時代」を特に細かく記録している。その他に、梅屋の日記は、彼の中国人革命者との深い交流、彼によって行われたタイのバンコクやシンガポールにおけるシネマトグラフ(映画史上の最初の映写機)の初公開、南中国や日本における最初期時代の映画興行、M.パーテー社の創立を巡る事情、日活創立を巡る事情など、つまり彼がもっとも活躍していたころを詳細に記録している。この二つの大変貴重で、珍しい文献を中心に、梅屋庄吉の最初の本格的な伝記に取り組みたいと思う。

エコ・コミュニケーションの現在と情報化・消費社会の未来

加藤 貞通

(主題)情報化・消費社会の根本的性質から発生するエコロジーに関わる問題をコミュニケーションの問題として捉え、その現状を明らかにするとともに、既に現れつつある、問題解決の可能性を切り開く未来社会のイメージを探る。

<概要> 資源とエネルギーの大量消費・大量廃棄と構造的に固く結びついた現代の消費社会は必然的にエコロジーに関わる問題をますます深刻にしている。世界人口の四分の一に過ぎない工業国の消費社会が、いろいろな自然資源の大半を消費する(例えば、世界のエネルギー消費の75パーセント、アルミ消費量は86パーセントを工業国の消費が占める)ことが明白に示すように、環境問題には生活水準・貧富の差、または富の配分の問題が密接に結びついている。環境問題が貧富の差という経済・社会構造の問題と結びついているということは、資源やエネルギー等の物質面のみに注意を向けていては問題の全容を把握できないことを意味する。自然科学や技術論のみでは環境問題の解決は期待できないことは明白である。
 ジャン・ボードリヤールの消費社会論は、消費をコミュニケーションとして、つまり一種の言語活動として捉えることにより新たなアプローチの可能性を示唆した。折しも情報テクノロジーの目覚ましい発展が、自然な欲求の水準をとうに離陸してしまった情報化社会としての消費社会に、更なる上昇・墜落の危機感と軟着陸に向けての新たな展開可能性とをもたらしている。新たな展開可能性の希望は、環境コミュニケーション論の元祖と見なされるジョージ・H・ミードの主張(=象徴的相互作用論:個人の創造性が社会を変える)に早くも現れていた。
 本研究は従来のエコロジー論と消費社会論およびコミュニケーション論を合体させ、エコロジーに関わるコミュニケーション研究として「エコ・コミュニケーション論」を構想するものである。「エコ・コミュニケーション」は3区分(人間社会内コミュニケーション、自然界内コミュニケーション、意識内コミュニケーション)から成り、情報・物質・エネルギーが個、集団、システム、自然環境間を交流する重層的なコミュニケーションと理解できる。従来の大部分のコミュニケーション論は、人間相互間の意味交換活動を指しており、「エコ・コミュニケーション論」の第1区分・人間社会内コミュニケーションに分類できるが、人間社会内に視野を限定している限り、とうていエコロジーの問題を把握し、種々の問題解決を図る上での展望を切り開くことは無理である。従来のコミュニケーション論の枠を破る上記の大きな三区分の設定は、学際的で実践的な研究の基盤を整備するものである。
 エコ・コミュニケーションの現在を語る上で欠かせない今日的な現象は、世界の大・中規模企業による「環境コミュニケーション」である。1989年3月のバルディーズ号原油流出事故に端を発した生態系と人間社会の経済活動およびコミュニケーション活動に関する新しい国際的運動が、先ず、企業が環境保全のために遵守すべき10原則(セリーズ原則)を産み出し、更にその環境負荷低減の原則が企業の「環境報告書」や「環境コミュニケーション」へと発展し、2005年度からは政府関係事業に法的に義務づけられることになったものである。「環境コミュニケーション」は、メディア・経済活動・エコシステム関係の密接な連動の実態と、消費者=市民の対応の難しさを、また同時に大きな可能性を示唆する。情報化・消費社会にいかなる未来がありえるであろうか、またいかなる未来社会のヴィジョンが登場しているであろうか。生態学をはじめ環境文学、環境哲学、環境経済学、環境社会学、その他の諸分野と世界各地の実践例等、広く見ていきたい。

<従来の研究実績との関連> 私は、これまで日米環境思想・環境文学比較研究を行い、三つのエコロジー論を展開してきた。三つのエコロジーとは「生態系のエコロジー」、「社会のエコロジー」、および「精神のエコロジー」である。(詳しくは拙著『日米環境文学に見る三つのエコロジー』平成11〜13年度科学研究費補助金研究成果報告書(平成14年2月)参照)今回のエコ・コミュニケーション論は、三つのエコロジーの考え方をコミュニケーション論の領域に拡充するものである。また早くから南方熊楠や里山についての論文において、エコロジーとコミュニケーションの考え方の重なりについては指摘してきたところである。
革命文学論争(1928年頃)以降の魯迅

中井 政喜

 1、問題意識
 魯迅は1920年代末に、マルクス主義文芸理論を受容しはじめる。その後1930年代において、魯迅はマルクス主義文芸理論の創造的適用のために、どのように自らの文芸理論を展開したのだろうか。それは、20年代の自らの課題をどのように継承・発展させたものであったのか。
 2、改革開放政策のもとでのマルクス主義文芸理論
 中国におけるマルクス主義文芸理論は、1979年の改革開放政策以後、従来の硬直した側面とともに、新たな発展を可能にする側面も生じたと思われる。1980年代のこうした新たな動向から見た場合、魯迅の30年代におけるマルクス主義文芸理論の創造的適用の追求は、どのように評価されるものなのであろうか。
 3、中国の未来社会の中での文学研究
 現在中国において、マルクス主義文芸理論は欧米から受容したさまざまな新しい文学研究の理論とともに、一つの研究方法として存在していると思われる。中国という今後の未来社会において、とりわけ文学研究の分野で、マルクス主義文芸理論の意義・発展は、どのように現れるのだろうか。
 4、当面の課題
 1924年から1927年頃の魯迅の民衆観を追究し、1928年頃以降のマルクス主義文芸理論受容につながるものがあるのかどうか、見てみたい。
死角へのからまり:日常的視覚思考を裏切る80-90年代ニュー・ペインティング

鈴木 繁夫

 ルネッサンス初期においては線遠近法とリリエーヴォ遠近法が共存していたが、近代化が進むに連れて線遠近法が優位となっていった。それは不動の見る主体の単眼を不動の中心・定点にし、比例関係で対象を仕切っていき、対象を固い実体性を備え、判明明晰な形態をもったものとして扱う。そこでは、対象は、「見える」(see) から「わかる」(see) 、「わかる」から「意味づけられる」(seen) というように、「見えるものには、わかる意味がある」という回路ができあがる。線遠近法による確定断言の回路にたいして、リリエーヴォ遠近法的では、「これは〜のはずだ」、「これは〜のようだ」という不確かさをはらみながら、確定断言をあくまで避ける。リリエーヴォ遠近法とは、対象を見る人が、その対象に向かってあちこち移動しながら対象を把握することを前提とした表象方法だ。対象と見る人との距離が長短で一定せず、見る人に向かって対象が「でっぱり」、「盛り上がり」(イタリア語「リリエーヴォ」rilievo)を見せるかのように、造形する。
 ところが、リリエーヴォ遠近法では確定断言を避けるべしというメタ・確定断言が生きている。この事態は、芸術に限らず人間の認識全般にかかわる表象活動がいつもすでに「意味づけ」をともなっていることを暴露している。では「意味づけ」なしには生きられないという不自由さ、「意味づけ」から逸脱し外部には出られないという拘束にどう向きあったらよいのか。そのひとつの方向は、すでにクレー、カンディンスキー、マグリットによって開示されている。しかし彼らが活躍した20世紀中葉は線遠近法が幅をが幅をきかせ、「大きな物語」(リオタール)が強固に信じられうる基盤があった。その条件下では確定断言の思考回路にくさびを打ち込むことには社会的に意味があった。ところが80-90年代には「大きな物語」が小さな無数の物語にとってかわり、「終わりなき日常」(宮台真司)現象が跋扈した。カンディンスキーらの末裔といえるニュー・ペインティング(とりわけ3C)はこの時代に登場し、彼らは象徴界の衰弱を逆説的に表象することで、全体を見渡す世界視線を一過的獲得する。しかしそこには深刻な悲劇性がそがれ、倫理的主体性も欠落していて、虚ろさの共感可能性だけがべったりと表出している。
合衆国における1980年代以降の人種関係と映画作家の反応

長畑 明利

 合衆国では1965年の移民法改正後、大量の新移民が流入し、多人種化が進展した。また、1970年代以降、多文化主義が浸透し、マイノリティ集団の中産階級層化も進んでいる。しかし、アメリカ社会におけるこうしたマイノリティ集団の受容にもかかわらず、たとえば白人層と黒人層との間には依然として所得格差が存在するし、モデル・マイノリティとされる日系・中国系においても、キャリアにおける「グラスシーリング」の問題が存在する。黒人・ヒスパニックの貧困層には、失業問題、麻薬、銃犯罪などの問題が山積している。
 こうした人種民族集団をめぐる社会状況に対し、80年代以降のアメリカの映画作家たちはどのような反応を示しているのだろうか。焦点をアフリカ系(黒人)にあてて、考察したい。アフリカ系による(そしてアフリカ系をめぐる)文学や映画においては、これまでにもしばしば「混血」、「異人種混交」、「パッシング」等の問題が取り扱われてきた。上記の新たな社会状況の中で、これらのテーマ群は映画作家たちによってどのように扱われているのだろうか。1980年代以降に製作された IllusionSoul ManThe Trap for FoolsWithout You I'm NothingHeart ConditionRicochetSutureDevil in a Blue DressBamboozled といった作品にその扱いを見たい。混血やパッシングのテーマへのコメントが見出されるこれらの映画作品において、映画作家の人種的差異に対する態度を吟味し、そこに見られる傾向・変化を明らかにしたい。
 これらの作品の中でもとりわけ興味深いのは Spike Lee 作品 Bamboozled である。この作品は、とかく人種差別的であるとされたミンストレル・ショーを、2000年にアメリカのテレビ番組として復活させることがもたらす悲喜劇を描くもので、そこにはアフリカ系映画作家 Lee による現代アメリカ社会の人種ポリティックスに対する痛烈な風刺が見て取れる。ミンストレル・ショーは仮面を被ることによって人種を偽る行為を孕む演劇であることから、多岐に渡る比喩的な意味を生み出すが、本研究ではこの映画をそのような racechange へのコメンタリーとして取りあげ、論じるつもりである。

(最新更新日:2004.12.17)