主体形成のルネッサンス

(2002年度大学院講義シノプシス)

鈴木繁夫(200447日)

ルネッサンス期において人間の主体が確立したといわれている。主体が確立したとすると、次の四つの疑問がおこってくる。

(1) ルネッサンス期の人々が自己というものをどのように自覚化し、自覚化したゆえに自己表象が生じ、自意識が明確になるが、その自意識はいったいどう立ち現れ方をするのか。

(2) 他の時代ではなくルネッサンス期に主体を確立させるような宗教・経済・社会上の要因があるのか。

(3)  「主体」という観念に覚醒してしまったゆえに、主体である私は、他の主体(他者)にたいして、どのような態度で接しようと模索したのか。

(4) そうした態度をとることによって、「人間という観念像」について抑圧され隠されてしまったことはないのか。

これらの疑問点を具体的なテーマでいいかえれば、次のようになる。

(1) 寓意の脱却と個別表象への執着:一般性に自己を還元する中世の寓意思考が捨てられるようになる。それに代わって、特異性に自己を結びつけて、結びつける自分と結びつけられる自分という自我の亀裂が起こる。

                              

寓意画 vs 個人肖像画の誕生

逆遠近法作品 vs 線遠近法作品

                

線遠近法作品 vs リリエーヴォ遠近法作品

静物画(自然の鏡とレンズ) vs 静物画(越境する境界)

ハムレット(メランコリー、復讐型英雄)vsハムレット(ファルマコン、幼生の主体)

(2) 自己創造と主体抹消:富の蓄積が社会的に肯定され、主体の全能感覚が覚醒し、宗教教義までも選好できるようになる。その背景には、資本主義(合理的な再投資による富の拡大)、民主主義(主体の安全権が保障された上、政治的・宗教的選択ができること)、啓蒙主義(理性に立脚すれば因習・誤謬から自由になれる)という新文化観があった。この明るい新文化観には、全能感覚肥大という被造物感覚の裏返されたナルシシズムが貼りついている。また富の拡大への歯止め、政治・宗教の際限なき分裂、懐疑による相対化の連続急性アノミー状態といったように全能感を満たす終点を逆に失ってしまい、とめどもなき不安に陥る。

創造主と被造物 vs 造物主化する個人

被造物への執着嫌悪 vs 被造物世界の肯定

      (中世カトリック)   (ルネッサンスと宗教改革)

擬似的主体としての人間 vs 徹底した被造物感覚

 

資本主義的主体の形成論(ウェーバー) vs 資本主義的主体の是認論(トーニー)

拡大循環的に疑似創造する自己閉鎖的人間 vs 自己相対化の対話型人間

(神=作者=サタン)  vs (オシリス、終末論) 

(3) 離婚是認論:結婚が、他者との交わりという軸において強度が高い場として意識されるようになる。高い強度として布置し直されたために、夫婦関係がそのような強度を生みださない場合には、離婚が可能だと主張されるようになった。他者との関係をとらえるときの鍵概念である(「誠実さ」sincerus)を追う。

(4) 自己愛肥大とパトスの失墜:主体は他者から区別されるかけがえのない個人であり、主体がその自己実現を果たすことこそが善だとみなされる。自己実現の肯定は裏面では自己愛肥大の是認である。メカニズムを深層心理学を援用しながら考察する。と同時に、自己愛肥大を正当化する理性主義と、理性が隠蔽してしまった人間の霊性との拮抗をルネッサンス・バロック絵画にあたって検証する。  

これら四つのテーマについて、それぞれひとつのルネッサンス文学作品と、その作品に関連した研究書をとりあげて考察していく。各テーマに対応した作品と研究書は、下記の必読文献表にあるとおり。なおこれらは最小限度、読むことが必要な文献であって、講義ではこれ以外にも読んでおいた方がよい「付帯文献表」を紹介する。


必読文献表

(1) 作品シェイクスピア『ハムレット』 

文献森岡正博『生命学に何ができるか』, ストイキツァ『絵画の自意識』

(2) 作品ミルトン『失楽園』 

文献ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』,金子晴勇『宗教改革の精神』

(3) 作品ミルトン『離婚の教理と規律』 

文献トリリング『「誠実」と「ほんもの」』

(4) 作品シェイクスピア『アテネのタイモン』 

文献中沢新一『イコノソフィア』, 小此木啓吾『自己愛人間』

 

成績評価

講義といっても、ともに対話しながら考えていく形式で授業は進む。上の文献を読み通す勇気のない人は、授業に出てもほとんど有益ではない。講義の約3回ごとに内容理解を試す小テストをする。授業出席(30%)、授業参加(35%)、quiz35%)

 


予定

1 4/9    共在するメディアの知:文学作品と視覚芸術作品との融即

              ボッティチェルリ「キリストの降誕」

2 4/16   スティグマを受けた単独者

&◎「田中美津論:とり乱しと出会いの生命思想」 森岡正博『生命学に何ができるか』

 「単独性と個別性について」 柄谷行人『言葉と悲劇』

「スティグマと社会的アイデンティティ」(予備的考察;同類と事情通 ほか)

「情報制御と個人的アイデンティティ」(すでに信頼を失った者と信頼を失う事情のある者;社会的情報 ほか)アーヴィング・ゴッフマン『スティグマの社会学』

 

3 4/23   :一般性から個別性へ:人間の観念と時間的距離の変動

&◎「古代の肖像画における栄華と衰退」「変動する世界」 ツヴェタン・トドロフ『個の礼讃』

 「人格の完成」「近代的名声」 ヤーコプ・ブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』

「シンボリック・イメージ:象徴表現の哲学とその美術との関係」 エルンスト・ゴンブリッチ『シンボリック・イメージ』

辻茂『遠近法の誕生』

アーウィン・パノフスキー『ルネサンスの春』

 

4 4/30   :孤立した視点、内部と外部の反転と会話

&◎「斜間」 ストイキツァ『絵画の自意識』

 「視覚はまた絵のごとく:ケプラーによる眼のモデルと絵画制作に関する北方的概念」 スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術: 一七世紀のオランダ絵画』

 

 5/7         予備日

 

5 5/7    ハムレット』:

 

 5/14       QUIZ